言葉の壁を感じました



遠く離れて異国のアメリカにいる小学生の時は、歩いて行ける近くに純粋な日本人学校がないこともあり、子供ながら勉学に不自由しました。 大きな言葉の障害があったのと、生まれた国の人種差別をするひともいたことが大きくありました。 そしてこのコミュニケーション能力が年齢の割には偏差値が高く自由で明るかったのです。 とても好感が持てる素敵な子供が多かった危うい記憶があります。 そして初めに前列の教室の席に座ったときに、一言も英語が話せない味わったことがないようなことです。 人生初のプレッシャーや過去に一度も経験したことのない極度の緊張の状態です。 どのように初めの言葉を周囲の人に上手く掛ければよいかも、全然何が何だか分かりませんでした。

心が打ち解ける仲間と知り合う



しばらくすると先生が去り自由な休み時間になった瞬間に、この教室の生徒全員が私の周囲に自然と集まってきました。 何かを目で問いかけている感じになったのですが英語は把握できなく暫くは困惑したことを覚えてます。 一人の仲間が卓上タイプの地球儀を持ってきています。 そこで私の小さな机に置いて指をアメリカ大陸に指していました。 なんだか不思議と珍しそうにぐるぐると素早く回し始めました。 子供心にも「どこの国から来たか?」を文章にした言葉でなくジェスチャーや身振りで聞こうとするのがここでは分かります。 これが見事に球体から日本の場所を選択をしてから、その場所を指さしました。 ポイントは次に出てきた皆の揃った言葉が「ジャパン」の流暢な単語だったのを鮮明に脳に記憶してます。 それが一番最初に自然と覚えた私のアメリカの生の英語になります。
etc 法人

TOP
良き思い出
遠足に行きました
子供の頃の記憶
兄弟の重要性